こんにちは、ジローです。
骨延長は、手術前後の病院で過ごす1週間から10日前後と
アパートに移って過ごす数ヶ月の期間で成り立っています。
この2つの生活ができれば、骨延長に耐えられるだろうと思います。
少し長いかもですが、実際に骨延長した私が、ダイジェストで生活の様子をお伝えします。
具体的にイメージしてもらえたらうれしいです。
このページでは一つ前の病院編の日記に続いて、
アパートの生活の様子をお伝えします。
9/1 術後8日目 延長4日目(まだ病院/出前をとった)
23時→4時に睡眠。途中左スネ痛くてかなり薄い睡眠だったが、連続5時間になったのは悪くない。
10時にハコブがきて、いつものリハビリ。昨夜から左のふくらはぎに張りを感じている。延長というよりずっと膝伸ばした体勢だからと思う。
しかし今日の歩行訓練は左脛がえらい痛かった。右大腿も痛かったから驚き。
とはいえ部屋の外まで4m往復してみた。明日はもっとスムーズになればいいんだが。この状態ではアパート移動してもキツイといえばキツイ。。
出前頼んでおいたから昼メシいらねーぜ!
ということでアルメニアに唯一ある日本人経営の日本料理店=櫻田(2019年当時)に昨日頼んでおいたお弁当+ジュースが届いた!劇的に嬉しい。。
枝豆に卵焼きに牛肉と玉ねぎとニンジンの炒めもの、ごはん。こう言ってはなんだが、大した中身ではない。しかし、安心感がハンパない。
思えば1週間ぶりのまともなメシ。胃もびっくりで1食分としては入りきらない。半分ずつ昼と晩に食べた。当たり前だけど、メシ大事。やる気出た。
9/2 術後9日目 延長5日目 アパート移動
1時→4時半寝た。
激痛じゃないけどずっと痛い。
6時→9時で二度寝。
10時になってハコブがきた。いつものように動かすところからだが、右が痛い。左もふくらはぎがつりそうだ。
トイレ往復。といっても痛いし、座っても大は出そうにないから便座にも座らずに戻る。
12時半くらいにガーリックが来た。「髪切ってシャワー浴びるのはどうだ?」
という。いやそりゃサイコー!ぜひ!!
しばらくすると、小太りの技師っぽいおっちゃん現る。バリカンでボーズにしてもらおうと思ってたのに、前髪というか頭頂部付近はハサミで。座ってるのもしんどいからバリカンでやってくれたらえーのに。。
そして次は…シャワーだ。歩いていくのもつらいのにー。
とりあえず、器具が刺さってるところのガーゼやら包帯を外してもらう。ちょっと痛い。当たり前か。
ってかどうやって体洗うんや!?
と思ってたら、さっきの技師っぽいおっちゃんが脱ぎ始めた。見事なメタボ。お腹…大丈夫ですか?なんか溜まってません?
おっと語弊があった。おっちゃんは素っ裸ではない。シャツとパンツ。下着のみってやつです。
シャワールームに椅子を置いてもらい、必死で歩いていく。
よし、座ろうと椅子の前でターンしながら後ろに進むと、僅かにつっかかって後ろにコケそうになる。
歩行器につかまれるのは前だけ。後ろは何もないから大ピンチ。大声をあげ、助けを求めつつ、なんとか体勢を立て直そうとする。間一髪、後ろから支えられた。あぶねー。
これでまた右大腿から出血。といってもちょろっとなので、問題ではない。
改めてだが、病院は個室でシャワールームもついている。
椅子に座り、頭に直接シャンプーをかけられ(日本から持参!)片手で髪を洗う。椅子には半ケツ状態なので、滑って落ちたら死ぬので、もう片手で椅子にしがみつく。
まだまだ全く脂まみれで大して泡立ちもしなかったが、1週間ぶりのシャワーはそれだけで価値がある。
体もちゃちゃっとボディーソープと片手でもちゃもちゃして、洗い流して終了。
と思いきや、シャワーが部屋にあふれてしまっとる!
大変だ大変だと掃除のおばさまを呼ぶと、なんでこんなになったのと説教はじまる。いやこっちはさみーんだ。早くしてくれ。とりあえずエアコン切ってくれ。寒い。
ちょっと水が引いて、べたべたのまま立てと言われる。滑ったらどーすんねんとイラッときたが、なんかいけそう。立って体を拭く。
立ってるだけならなんとかいける。5分以上は危険。
マリエッタに頼んでたパンツこないので、自作のパンツその2に履き替える。全然使えるぜ。
ガーゼ&包帯を巻き直してもらい、しばらく休む。時刻は午後3時頃。
よく考えたらトイレ兼シャワールームに二往復してるからいつもの2倍歩いたってことか。
午後5時
ガルセバンとガーリックらがきた。足が伸ばせる車椅子だったので安心。といっても乗り移るのも億劫。。てかしんどいなーと思っていたら、一階でふつーのBMWの後部座席をあけられ、頑張って乗れと促される。
えっ…アスファルトとはいえこのボコボコの道を歩いて、後部座席に乗る?救急車とかエレベータ的なやつがついた介助カーとかじゃないんかいな…
後部座席に背中を向けて、ええい、ままよ!とケツを預ける。座れた。右足伸びたままなのでプラーン。けつだけ乗せて後ろにさがり、後部座席を占拠。
アパートの入り口の階段は25段くらい?
完全に担がれて登る。エレベータの前でおろされ、歩けと。
今日はかなり歩いてるぜ?といっても、どうしようもない。歩く以外の選択肢がない。ゆっくりゆっくりエレベータに乗る。
当然、おりてからも歩く。ちょっとした段差や、エレベータとフロアのギャップが怖い。てか建物自体ボロいから地震あったら死ぬな。まぁその時はその時か。
アパートの部屋に入る敷居。2〜3cm
これも怖いが、踏んじゃえれば超えられる。
すでに10mは歩いたな。最長不倒。それでもベッドまで到着しない。。
足痛いし、筋肉プルプルし始めるし、腕も疲れた。けどもう少しで座れる。気力で歩く。
ベッドに横たわった時、しばらく歩きたくなかった。気持ちとしては2〜3日は、いらないなぁと。
通常は個室が与えられるが、すでに2人入居していたので、ダイニングにベッドがおかれ、軽くパテーションで区切られる。ま、そんな隠れるようなこともないからいいや。
9/3 術後10日目 延長6日目
睡眠薬のおかげで、寝つきはよくもなかったが7時間くらいは寝た。1時→8時
あさからオムレツ(平べったい卵焼き)、ソーセージ、ご飯、小さめのハムチーズはさんだパン。ブロッコリーとトマト。味は可もなく不可もないが、マヨネーズとケチャップあるからお好みで。
マリエッタとハコブがそれぞれ来る。
ハコブはいつも通り10時前くらいかな?軽くマッサージして、歩け歩け。バルコニー前まで、4m往復。
マリエッタはイリザロフリングでも履けるパンツを持ってきてくれた。
昼メシも晩メシも出てくる。めっちゃうまいとは言えないが、病院にくらべたら天国。
とりあえずトイレはまた尿瓶。18時頃には家政婦さん帰っちゃうので、二本置いていってくれる。
Wi-Fiも快適だ。
9/4 術後11日目 延長7日目
今日も睡眠薬で長めに寝た。
昨日あたりから筋肉痛も出てきたが、なんとなく長めに寝ると気持ちいい。
メシもしっかり食ったので、今日は大便にいくぞ!
と思ってふくらはぎをモミモミ、上半身もなんとなくストレッチしていたらハコブハズカム。
トイレ行きてえ。というと、おっけ。行け行けと。
歩き始めるも、やはり足は痛い。左脛は足上げる時に骨折れてるところあたりが周りからキューっと締められるような痛み。
右大腿は前に動かそうとすると鈍痛。膝のあたりにあるピンも張ってる感じで痛い。
そして病室に比べて二倍以上の距離。遠い…
何度も休むが、痛いわ疲れるわで心折れそうになる。
トイレ。当然また大腿骨にリングついている右足は便座とリングが喧嘩するんだが、通常の便座に、少しかさ上げされて、手すりまでついた便座が置かれている。うまくのせて、横に置いてある椅子または歩行器で右足の位置を決め、比較的動かしやすい左で良い位置を探る。
お、ここだ。
用を足す。しかし自力で起き上がるのは少し不安なのでハコブを呼び、ベッドに戻る。
あーーーーー疲れた。もはや1日のメインイベントは終了した。
ハコブはちょっとしたストレッチをして、オメー自分で少し歩くようにしろ。大丈夫だ。1人でイケる!
と言い残していった。
午後になってミルゾヤン、ガルセバン、ガーリック一行がやってきた。週に1〜2回往診に来る。歩けと言うからまた歩いた。
バルコニーで外の景色見ろよ!という。
術後10日で現状は全く問題ない。レントゲンは延長10日で撮るから、と言って帰った。
病院行くのもめんどくさいな…でも大事だからな…
9/5 術後12日目 延長8日目
1時→8時で今日は寝つきがものすごく悪かった。痛み止め&睡眠薬でもなかなか手強く、苦戦した。
歩く練習しとけと言われていたので、ハコブが来る前にテーブルのあたりまで2〜3m歩いて戻ってみる。とにかく足に血がおりてくると痛いのだ。つまりは足が血を上半身に送り戻せてないということか?
歩く痛みも昨日とほぼ変わらず。
戻って足をあげるとハコブがきた。
といいつつ、彼のストレッチはまだまだ甘いので、左足に関しては余裕。
右は力も入らんので無理無理とあしらいつつ頑張る。。
メシ食って10分後、歩く。
左脛→痛い。右大腿→膝のあたりに痛み。
どちらも激痛ではない。
歩行器ですり足で歩く。痛い。5歩歩くとけっこー痛いのが1〜2回ある。
左脛は足を出す時に持ち上げるような動作で骨を切ったところが離れるようなイメージ。そこに周りの筋肉がギュッと入ってきて締め付けるような痛さ。
右足は膝の少し上の、少し盛り上がっている内もも側の筋肉の部分にピリピリとした痛み。
歩いている内に少し楽になるというのは合っている気がする。ただ、劇的に楽になるわけではなく、慣れていく感じ。
今日はウンコも出そうではなかったので、5mほどのバルコニー前までを目指す。分速3mくらいのノロノロでイテーイテーと言いながらバルコニー前に到達。帰ろうと思ったらハコブはバルコニー行けと。
いや、2cmの段差あるしキツイわというも、とにかくバルコニーだ。イスを用意してやるというのでチャレンジ。
2cmって高い。ほぼすり足なので、段差にあたる。基本前かがみ。後ろに反るとコケます。
となると膝を曲げつつ段差を超えねば。わりと自由のきく左足からだ。自分ではめちゃくちゃ足をあげているつもりが、ギリギリ段差に足をかけられるレベル。そのままずずいと押して、土踏まずのあたりまで段差を超える。
歩行器を段差の向こうに進め、足をあげるなんてキッツいわーという右足をめいっぱいあげつつ、実際には股関節を曲げて引っ張りあげる。スリッパの先が段差の傾斜の上にかかればヤマは越えたと言っていい。
バルコニーにおいてある椅子に座り、右足はあまり曲がらないので少し低い椅子をおいて足をかける。んーコンフォート。天気も良い。久しぶりの紫外線だ。気持ちいい。
うっっすらとアララト山も見えた。もっと良い日があるというので楽しみにしておこう。
さて帰り。同様に段差乗り越えの必要がある。
しかし一度成功すれば、それは自信になる。後ろに倒れたら誰も救えない。バランスには気をつけながら段差越え。
また新たな世界に入ったなと少し満足げにベッドに戻る。
ただ、やはりダメージもデカイ。何をどうすれば快適になるのかよくわからない痛みが来る。もぞもぞしているうちに治っていくのだが、おそらく足におりていった血が、足が若干マヒしているので戻ってこれていないのではないか?血の巡りが悪いってやつ。
自分でモモや股関節なんかを揉むしかなんともできない。
ハコブも帰ったし、やれやれと思っていたらルームメイトのTくん(明らかに年下)が来た。
「停電ですね」
え?そーなの?っていいながら電気をパチパチ、Wi-Fi見るも現れもしない。
確かに停電だね。
「たまにあるんですよ。2〜3時間したらだいたい直るんですけど」という。
1〜2ヶ月に1回くらいのペースで停電や断水が起きる。
そーなんだ、といってベッドに横たわってぐーたら主婦的なスタイル(頬杖ついてテレビ見る的なポーズ)に入ろうとしたが、
「そのままいると暑くなりますよ。こういうときはバルコニーに出ると良いです」
とニコニコしている。
オイオイ、おれのトレーナーか?歩かせようってか?
「ま、歩いた方が良いですしね笑笑」と攻勢を強めてくる…
おーおー、わかった。行ってやろうやないの。
と乗せられてまた痛い足を引きずりつつバルコニーへ。
言っておくぞ。おれは足が痛いんだ…。
椅子に座ってハァハァ言っていると、やればできるじゃない、という顔でニコニコするTくん。
ハコブよりよっぽどスパルタだ…。
しかし、やはり外は気持ちがいい。外を眺めているとロザンが昼メシだぞという。
いや…いま歩きたくないというと、テーブルを持ってきた。外で食えと笑、
腹へってなかったが、シチュエーションが食わせてくれた。ちょっとしたピクニック気分。Tくんと話しながら食べたが、誰かと飯を食うのはいつぶりだろう?少なくとも1週間は食べてない。精神衛生上も良かった気がする。
ルームメイトはものすごく大事。
Tくんのおかげで、リハビリはどの程度必要なのか、痛みに対する不安を話して、大丈夫なのか?とか相談させてもらった。
2時間ほど?だと思うが、停電もなおってベッドに戻る。さすがにつかれた。
あとはちょっと調べものをしたり音楽きいたりして、晩めし食って寝るって感じかなーなんて思っていたが…
うぅ…
腹が…イタイ。
計算上、明日のはずが…
ウ○コしたぁーーーーい!
時刻は午後7時。ロザンもいない。
むう…
歩いてトイレには行ける。
しかし、便座に座れる自信がない。。
この状況において、大便は最も難しい課題の1つなのだ。
だが、考えているヒマはない。おれの腹は風雲急を告げている。
Tくん!
ウ○コしたい。手を貸してくれ。
便座には少し高い便座と肘掛が設置されている。これは先人たちの知恵と工夫の結集なのだ。
便座に出来るだけ近づき、後ろを向く。左手は肘掛をもち、比較的自由に動く左足に重心をかけ、腰を落としていく。右の膝はあまり曲がらないので、全体重が左足にかかっていく。右膝も曲がれという圧力がかかっていく。
簡単に言うと、痛い。
本来、1人でやりきるなら右足に少し低い椅子(背もたれのないピアノの椅子など)を引っ掛けて近づけ、便座に座ると同時に右足をあげてその少し低い椅子にのせる必要がある。
大腿部にリングがついているので、便座とリングがケンカするからだ。
しかしそんな芸当は痛みに耐えつつ最初からできる達者なヤツはなかなかいない。
ええいままよと座り込みながら、右足を振りあげ、Tくんが差し込んでくれたピアノの椅子に右足をのせる。
ふう。
座り位置の微調整をして、踏ん張る。
朝の新宿駅についた山手線か?と思うくらい大挙して出てきた。
なんとかケツを拭き、パンツをあげ、Tくんに助けを求める。
すべてを察知しているTくんは、あたしが立ち上がるのとタイミングを合わせてピアノ椅子を外してくれた。
もう1人でできますね(ニコ
いや、無理だったっしょ笑見えてなかった?笑
あはは。いつでも手伝いますよ
ありがとう(感謝
ルームメイトありがとう涙
この日終了時点で左右する8mmずつ延長(のはず。計算上)
9/6 術後13日目 延長9日目
いつも夜になると足が痛くなって眠りづらい。
今日はみんな朝から活発だった。マリエッタもパタパタと動き回っている。朝食をとり、スーツケースを開けてもらう。調味料や麺をとりだし、明日のランチにロザンに作ってもらうことにした。
持参した食料を渡したり、こういうものが食べたいと頼めば、作ってくれる。
作り方は簡単だが、ロザンに伝えなきゃ。医者とマリエッタは英語で良いが、ロザンはダメだ。こちとらアルメニア語の文字を書いたこともないし、絵かな?
などとベッドに横たわりながら考え、ベッドサイドの鞄の中のノートに手をやった。
その時。
パキッ
ぐあああぁぁぁぁ
左脛から明らかに何かがブレイクした音。激痛。
マリエッタが飛んできた。なんかごちゃごちゃ言っている。
とにかくレフトレッグ!パキッ!
と言うと、オーケー、鎮痛剤飲めと錠剤渡され、右腕に注射。こっちも鎮痛剤だな。
しばらくすると少し落ち着く。が、依然痛い。
てか何があったんだ?左脛から結構な音だった。
マリエッタがミルゾヤンに電話。
英語で少し会話「患者にはたまにあることだ。なんの問題もない。そちらに向かう」という。
20分くらいするとガルセバンが来た。イッツオーケー。すぐ痛みは和らぐ。と言って六角レンチ的な工具をもち、イリザロフリングをガチャガチャ。ものの数秒?で痛みが和らいでいく。あれ?どないなっとる?
ガルセバン曰く、ブレイクしたはずの骨同士の一部が、くっついていて、日々の延長に耐えられなくなり、離れたんだと。離れたショックで痛かったわけだが、今3mm縮めた、という。クラッキングというそうだ。
今日は延長9日目の午前11時なので、8mm+1/4で、計算上8.25mm延長しているはず。それが5.25mmになったということか…
とにかく致命的なことではなさそうだ。痛みも和らいで良かった。
そうこうしているうちにミルゾヤンも来た。
クラッキングは15%の患者に起きることだという。
じゃあ右大腿にも起きるのか?と聞くと、延長開始から7〜10日の患者に起きるので、今日明日起きなければ右大腿には同じことは起きない、という。
イメージ的に沢庵の端っこがつながっているような骨の切り損ねではなく、
切った後に軽く繋がってしまうようなものらしい。
ルームメイトのTくんも近くにいて、この音を聞いていた。本人には起きていないが、以前いた患者でも同じことがあったらしい。
音と痛みでショックは受けたものの、大事には至らなかった。良かった…
ついでに明日昼にレントゲンを撮ることが決まった。11時に来るという。
左脛の延長は1日お休み。つまり計算上5.25mm
右大腿の延長は継続なので、計算上9.25mm
延長されているはず。
なす術なく暇そうにしていたハコブは、落ち着いたあたしの顔を見ていつものリハビリをスタートさせた。
ロザンさんに、明日のうどんの作り方を英語で書いたら英語もわからんと言われる。
日中はうどんのレシピをアルメニア語と絵でかいたりして過ごした。いつも通り、バルコニーまでも歩いてみた。
しかし、いざ寝ようとすると痛みでなかなか寝付けない。正直ツラい…
左5.25mm、右9.00mm
9/7 術後14日目 延長10日目
新しい睡眠薬で眠気がすごい。0時に寝た。
が、3時に起きてしまった。
両足が痛い。左脛はジンジン、右大腿は左脛と同じ音がする夢を見た。しかも夜中なので、鎮痛剤の注射もなければ(錠剤は多少持たされている)処置する人もいない。なんなら個別に寝てるから医者や看護師にも自力で連絡するしかない。
今右大腿で音がなったら終わってる。
左脛も延長した時ではなく、少し体勢を変えた時に起きた。
そう思うと体勢を変えることすらはばかられる気がした。
もちろん眠れない。。
と思っている間に、寝落ちしていた。眠いのは眠いんだろーなと。
起きたらロザンが朝めしを出してくれた。
食べている間にガーリックが、食べ終わる頃にアララト、ハコブがきた。
きょうはレントゲンを撮りに行く日なのだ。
そろそろ行くぞと言われそうなので、一旦立ち上がって練習。立ち上がる時はいつも血ががっつり下がる感じで痛い。実際貧血の人はすぐ動くと危ないので、一旦座った状態で待つように言われる。
最初の10歩はやはり痛い。が、慣れる。一旦立つと座るのは良いが、寝転がるのはまためんどくさい。
医師チームが順番にコーヒーを飲んでいるので、少し待つ。が結局はゆっくりしか動けない自分待ちになる。
アパートの敷居は2cmくらい。
このくらいならもう大丈夫。
イメージ的には時速1kmくらいかな?
エレベーターの前に少し傾斜がある。手術前には気づかないレベルだったが、気になる。エレベーターに乗り込む時には4cmくらいのすき間がある。歩行器の足がハマっちゃう危険性があるので少し気をつけて歩く。
バリアフリーって大事だと今更ながら感じる。
エレベーター自体も、日本とは違ってガツーン!と止まる。結構な衝撃で、備えてないとダメージをくらう。。
やっとこさアパートのエントランスに到着。
が、この先は25段ほどの階段。
今の自分には、事実上、進むことは不可能なので、両脇から抱えられて下ろされる。
移動は普通のセダン。医師の自家用車。
後部座席にケツから無理やり座って、滑るように入っていく。
頼むからブレーキとカーブはゆっくりやってくれ…踏ん張るだけで痛い。。
病院に着くと車椅子が出てくる。
レントゲン撮影では医師4人がかりくらいで台に載せられるので特段しんどくもない。
今回のレントゲンは延長が始まっているので、ちゃんとギャップができているかが重要。特にクラッキングが起きた左脛。
右も、回した分だけ開いてるのか?確認が必要。
けさ右は一回回したので
右9.15mm
左5.25mm
のはず。
レントゲンを見て、ミルゾヤンは
右9mm。もうクラッキングは起きない。
左もちゃんとギャップができているから、もうクラッキングは起きない、という。
右のギャップは見込みと合致してるけども、完全に目分量。
左右の差ができてしまったので、
左は3日間、1日6回回せという。つまり1日1.5mmの延長。
アパートに戻る。またエントランスの階段は抱えてもらって上がる。
ただ病院に行って帰ってきただけ。
でも疲れた…。バスケ1試合終えたくらいの疲労感。
この日終了時点で
左6.50mm、右10.00mm
延長してるハズ。
9/8 術後15日目 延長11日目
朝から大便に向かう。もう一人で移動して、用を足して、ベッドに戻れる。
ミレナがガーゼの取り替えをしてくれた。
その途中、ん??という表情をして、ヘッドナースのマリエッタを呼んできた。
どうやら感染症のようだ。
ついに感染症になってしまった。オワッタ…
と思ったが、まぁ抗生剤を飲むだけだ。先人に話を聞いておいて良かった。
特に痛みもないんだよな・・・。気分的にチクチク感はあるかなというレベル。
この日終了時点で
左8.00mm
右11.0mmのハズ
9/9 術後16日目 延長12日目
左脛きしむような痛み。ギャーギャーいうことはないが、じとーっと痛い。
それでも、ずっとベッドで過ごすのも良くない。
Tくんは強制的に歩くために、昼と夕食はダイニングに出てくるようにしているという。
そうだな・・・ある程度強制で歩くようにしておいた方がいいんだろうな。ということでセンターテーブルでメシを食べるようにし始めた。
左9.50mm
右12.00mm
のはず(4mm差→0.5×3日間=1.5キャッチアップで2.5差)
9/10 術後17日目 延長13日目
よく眠れず。ずっと左脛がジンジン痛む。
ハコブのリハビリもいつも通りだし、リハビリやっても痛いし、嫌になる。
眠れないのは相当ストレス。
立っても座っても、特に左脚は血がザーッとおりて、戻ってこない感。メシ食ってても痛いわ。
ベッドに戻って横たわる。
ベッドの傾斜は手動なので、遠慮していたのだが、今日は一段上げてもらった。あんまり腰を折った状態を続けると腹筋が弱くなって腰が痛くなるから嫌なんだが…
今日は痛いから仕方ない。
Tくんのワイヤーを抜きに?ミルゾヤン御一行が来た。
ついでにじゃないけど、診察。
「とにかく痛かったら痛み止め飲んでいいよ。多少多くてもOK」というので痛かったら大至急鎮痛剤を飲む。
20分もすると効いてくる。いい感じ。
と言ったところで意味はない。
どうせ正確にはCTとらないとわからないのだ。
ガルセバンと延長量を再度確認。
左右ともに13.00mm
ガルセバンいわく、次のチェックは3cm=延長30日で仮骨できているかレントゲン撮るのだという。まだ半分も終わってない。
実際に延長できているのは、みなさん1日1mm以下で、見込みより日数が必要になるので、順調にいっても10/20くらいにはなる。
1日4回回して、1mmのばす(つまり1回0.25mm)のだが、
1日6回回すとやはり違和感がすごい。実際痛かったし。余裕ある日に5回回すのが精一杯かなぁ…
経験者のブログなどで読んで、
ちょっとずつ多めに回せばいいのに
などと思っていたが、実際やってみるとそんな気にはなれない。
痛みや違和感、バランスに対する不安と、最終的にはCTで長さをキチッと測って合わせる必要があるので、途中でジタバタしても無意味。まぁ数日の短縮には繋がるかもだが、それに対するリスクの方が大きい気がする。
やはり1日1mmというのが適正なんだろうな…と思うに至る。
9/11 術後18日目 延長14日目
ひさびさに5時間睡眠!
痛み止め飲みまくりが良かったかな?
痛みが大きい日と小さい日、かなり変動がある。
痛みが小さくなる姿勢があっても、次の日には同じ姿勢でも痛みが大きかったりもする。悩ましい。
9/12 術後19日目 延長15日目
眠れず。30分くらいウトウト→起きる。
昨日で良くなったと思ったのに。ベッドの角度失敗したか?
朝になって、ロザンさんが来てから少し眠れた。
ハコブが来た。いつものリハビリ&右膝をベッドから外して曲げようとする。イテーって言ってんだろ!と怒りが湧いてくる。
先人たちもリハビリセラピストに対して良い感情は持っていなかった。
が…結局のところハコブは、痛めつけてやろうとは思ってないだろうし…痛みの理解は完全ではないものの、おれのためのリハビリなんだよな…と思うに至る。
でも痛いから文句言ってしまう。
ベッドでのリハビリを終えると、ウォークウォークという。が、その割に付き合うつもりはないらしい。
ただ、ここ2日くらい曇っていたのでひさびさに日光を浴びるためにもバルコニーに出た。あたたかくて気持ちいい。シェーバーでヒゲも剃った。
昼過ぎくらいにミルゾヤン御一行が来た。
左脚は延長のたびに違和感がある。そりゃそーだねと言われて終了。もしどうしてもなら一旦止めることもあるよと言われる。まぁそれほどでもない。中学生の頃、成長痛ってのもあったくらいだからそりゃ痛みはあるわな。納得。
眠れないことが一番のネックだと伝えると、とにかく鎮痛剤やら睡眠薬やら使って構わんので寝ろという。
まぁ寝てる時が一番成長するというくらいなので、重要なのはよくわかる。
しかし、眠れないのだよ…涙
Tくんが久しぶりに部屋から出てきた。
体重をあまりかけないように言われていたために、ここ2日くらい部屋で過ごしていた。
日本語で会話というか愚痴?とか状況を話すだけで気分転換になる。
やっぱり不安とかあるんじゃない?と言われると、当たり前だけど、そーだなー、心落ち着けるしかないよね、などと思う。これまで、何人も心の平静を保てなくなった人がいたことも聞く。わかる気がする。
晩めしはご飯とトルマという、アルメニアの名物料理。塩漬けしたブドウの葉の肉巻き。レモンや酸味のあるヨーグルトなどと食べるらしい。悪くはないが、やはり味濃いめ。
日記は一旦終了です
長くてスミマセン。
痛みの大きさや種類を文字にすることは難しいですが、アパートでの生活はイメージしてもらえたかと思います。
このあとの日程はこうでした。
11月3日 延長終了
11月25日 大腿骨の骨がずれていることが判明
11月26日 大腿骨修正手術(ピンを1本追加)
2月28日 右モモの外部固定器を外れるかのテスト。半分だけ外す。
3月3日 右モモの外部固定器が外される
3月16日 アルメニア 非常事態宣言
3月18日 左スネの外部固定器が外される
膝の高さが異なるものの、普通の人と変わらない状況に
<前半終了>
クラシック法の場合、医師にきいたところ、2ヶ月程度の中断期間(骨を固める期間)が必要とされています。
この間に、私は後半戦をLON法に変更したいと申し出て、ドクターの同意を得ました。
4月16日 手術2(左モモ+右スネ)
4月20日 アパートに移動
6月12日 延長終了
6月13日 手術3(髄内釘をロックする手術)
6月17日 アパートに移動
6月23日 抜糸
7月13日 最後の手術から1ヶ月=杖があれば外出も可能。荷物持っていくのは難しい。
日記自体はほぼすべての日に書き留めているのですが、重なることも多いので、公開はこのくらいにしておきます。
同じような状況から、日によって痛みが大きかったり小さかったりします。